2017年08月19日

ようやく部屋の掃除ができるよ

本当は8月の頭にやる予定だったのが今日になってしまった。ほぼ1ヶ月ぶりの掃除になる。天気の悪い日が多くてやる気も削がれていたけど、流石に一念発起してやる事にした。朝一でハタキ掛けをしておいて、8時頃に掃除機をかける。近所迷惑にならないよう最低限の配慮はしないと。強迫性障害は厄介だ。

掃除をしている時も確認の虫が顔を出す。それを必要なものとそうではないものにその場で選別して、なるべく意味のある確認行為だけをやるようにしている。全てが上手くいくわけではないがベストは尽くす。そうすれば例え何かが起きても後悔は少なくて済む。強迫観念が無くなる事はないだろうが、自分の中での納得はしやすくなると思う。ただ単に「出来なかった」という否定で終わるよりも、「やるだけやった」と肯定して終わる方が精神的な影響を考えると断然良いだろう。所詮は強迫性障害なんて考え方の問題。そう思えたら少しは楽になれるかもしれない。

ついつい強迫性障害の人間は整合性とか統一性といったものに固執しがちになる。つまり「右手を確認したら、何の関係もない左手も確認しないと気が済まない」とか、「あの時は確認したのだから、類似したケースである今回も確認しなければ辻褄が合わない」とか、とにかく自分が決めたルールに無理矢理現実をはめ込もうとする。しかし現実の世界はものさしで測ったようにキチッとはいかない事が多い。マイルールに無い事柄が生じるとパニックになる。そこでまた新たにルールブックに書き加えて、どうにか現実をその中に押し込もうとする。そんな行為に意味は無いと薄々気がついていながら止められない。こうして強迫のルールが次々と増えていって窮屈になってゆく。自縄自縛というやつだ。

「過去がこうだったから」という考え方を止めよう。過去の事象と目の前の事象が全く同じという事はあり得ないわけだし、過去を正確にトレースする事に何の意味もない。そう感じているなら止めるべきだ。物事をその場その場で決済して振り返らない習慣を身につける必要がある。それはとても不安で、時に苦痛を伴うものだ。でもだからといって回避し続けるのは良くない。思えば幼少期から逃げに逃げ続けてここまで追い込まれた。これ以上自分の可能性を狭めるわけにはいかないよ。だから強迫観念が出ようが出まいがやるべき事をやりたいようにやる。過去のやり方にとらわれず、まずは今をしっかりと見定める。それがいい。そう在りたい。

人気ブログランキングへ
posted by YU320R at 07:14| Comment(0) | Diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: